哲学的テーマ

平等と不平等って考えても現実じゃ不平等が当たり前

投稿日:2016年5月10日 更新日:


なぜ、我々は不平等なのかとかみんな平等!とか「平等と不平等」についてさまざまなものがあると思いますが、はっきり言いますと人間なんてみんな不平等な存在だと僕は思います。

 

平等にすることは良いことだ!!とか平等は素晴らしい!!とか言う人もいますが、そもそも僕たち人間は平等にはつくられていないと思うんです。

 

世界を見渡せば、イケメンでモテる人もいれば、ブサイクで周りから迫害されている人もいるし、お金持ちでお金が有り余る人もいれば、お金がなくて明日生きていられるかわからない人だっている。

 

人は生まれながらにして不平等であり、その後の人生も圧倒的で不平等な存在である。

 

それなのになぜ人は平等を目指すのであろうか?

 

それはたぶん、うらやましさや嫉妬などの人間の欲望に原因があるのだと僕は思う。

 

誰だって、自分より恵まれている人を見ればうらやましいと思うし、嫉妬などの感情だって湧いてくる。

 

格差や不平等をなくせば、うらやましさや嫉妬の感情がなくなり、みんなは同じ価値で平等な存在だから幸せに暮らすことができると思うから平等を目指すんだと思う。

平等なんてできない、そもそもない

それでも、世界は絶対的で平等な価値観を共有することはできないと僕は思う。

 

人は相対的な判断をするから。

 

これは良いとかこれは悪いとかそういう相対的な価値観を持っている限り、平等なんてあり得ないと僕は思う。

 

例え、貧富の差をなくしたり、権利や義務を平等にしても、何かしらで僕たちは不平等を感じぜずにはいられないと思う。

 

それは見た目だったり、才能だったりそういうものだって人によって違うのだからやはり、良い悪いの価値観がある限り、不平等はなくならないと思う。

 

結局は、平等を表面では求めていても、本音では、違いを作りたいし、誰かの上に立ちたいし、優越したい。

 

それが、人間なのです。

 

それでも多くの人は平等を僕たちに押しつけてくる。

 

不平等なのに人は平等を押しつけてくるのである。

 

社会に出るとそこには守るべきルールがありそれを守らなければならない。

 

例えば、学校では勉強ができるのは良いことでで、できないのは悪いことのような雰囲気がある。

 

勉強が得意な人もいれば不得意な人もいるのに同じ物差しで比べられるのである。

 

社会では、みんな一緒に同じことをしたり、同じ時間に行動することが多い。

 

最近は少しずつ違いが出てきているけれどそれでも、「みんな一緒」が染みついている。

 

では、どうすればみんなが納得できる生き方ができるのであろうか?

僕はこう思う。

 

「みんなちがって、みんないい」

 

この言葉は金子みすずさんの「私と小鳥と鈴と」という詩の中の言葉である。

 

この「みんなちがって、みんないい」ということこそがみんなが納得できる生き方なのではないかと僕は思う。

 

それぞれの人が自分に合う生き方や方法を選択できれば、みんなが納得することができると思う。

 

みんなが不平等を認めて、それぞれに合う選択をできるようにすることが平等っことなんじゃないかと僕は思う。

まとめ

「みんなちがってみんないい」そんな世界をみんなでつくれたらいいと思う。

 

そもそもみんな同じなんてあり得ない。

 

1人ひとりの違いがあっても全然いい。





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