「どうせ死ぬ」という考えは人生を楽にしてくれる


どうせ死ぬんだよね、みんな。

どんな人であっても死ぬ。

この世界に住んでいる生き物は遅かれ早かれ全員死ぬ。

これを意識している人って少ないけど、どんな人でもどうせ死ぬ。

明日死んでる可能性なんか十分にある。

5分後には心臓が止まってるかもしれない。

どうせ死ぬのになぜ全力で生きないのか?

どうせ死ぬのになんで永遠に生きることを前提にしているような生き方をするのだろうか?

命というのは有限なもので無限にあるものではない。

たった一つしかない。

なのに、いつもいつも同じ明日が来ると思って生きている。

そうやってなあなあで過ごしていたら気づいたら、もうすぐ死ぬ時期になっていることだってある。

それだけじゃない、いつ死ぬかなんてわからない。

もしかしたら明日死ぬかも知れないし、1時間後に死ぬかも知れない。

いつまで生きることができるかなんて誰にもわからない。

だから、生きている今を全力で生きないと後悔すると思う。

あなたは今、全力で生きているだろうか?

死ぬ人のほとんどは、起きた朝に「自分は今日死ぬ」とわかっているわけじゃない。

「そろそろ死ぬかもしれないけど今日ではない」と思っているはずだ。

「どうせ死ぬ」はすべてを無にしてくれる

僕は「どうせ死ぬ」をプラスに捉えている。

どうせ死ぬってすべてを無にフラットにしてくれるんだよね。

どれだけ優秀だろうが、どれだけ不器用だろうが死んだら終わり。

どんな人も死んだら無になるんだよね。

どんだけイケメンでも美人でも死んだら終わり。

どれだけお金があろうが死んだら終わり。

それだけ恵まれていても死ねばすべて終わりなのだ。

天国とか地獄とかあの世に生きている時に持っていた物なんて持って行くことはできない。

生きていれば、恵まれている人と恵まれていない人がいて、格差もある。

だけど、死んだらみんな一緒。

みんな平等なんだよね。

そう思うと何だか楽になる。

死はすべてを超越してまったいらにしてくれる。

どうせ死ぬからいちいち気にしなくていい

みんなどうせ死ぬんだからいちいち誰かと比べて一喜一憂しなくていいと思える。

どれだけ優れていようが、優れていまいが死んだらどうでも良いこと。

だから、いちいち誰かを気にしなくてもいいし、世間なんてどうでもいい。

気にしないで自分の好きなように生きればいい。

そうすれば全力で楽しむことができる。

いちいち誰かと比べて生きる必要はない。

自分基準で伸び伸びと生きよう。

どうせ死ぬなら死ぬまで全力で生きる

どうせ死ぬってわかったら、今から全力で生きた方がいい。

後悔しないように全力で。

最後に良い人生だったって言えるように。

人生はいつか終わる。

いつか死ぬ。

だから、今を大事にして生きよう。

どうせ死ぬのに何で遠慮するのだろうか?

自分の好きなように生きることを何であきらめるのだろうか?

自分の生きたいように生きよう。

自分自身のために。



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