まったり生きる方法

自由と幸せに「特別」なんて必要ない

投稿日:2017年1月11日 更新日:


いつだって誰もが自由になるために、幸せになるために自分を変えようと必死になる。

 

でも、それって本当に必要なことなのだろうか?

 

自由や幸せはそんなことで手に入るのだろうか?

 

そもそもあなたは、自由でも幸せでもないのだろうか?

一度立ち止まって考えて欲しい。

 

そもそも自由とは何なのか?

調べてみると「他人からの束縛がなく、自分の思うままに振る舞うこと」だそうだ。

 

自分の思うままに生きることができればそれは自由ってことだ。

僕が思うに多くの人は自由だ。

 

日本人はそもそも自由である

この国に生まれている時点で自由だ。

学校を選べて、服も選べる。何を食べるかも何を仕事にするかも自由だ。

 

 

よく考えるとそもそも自由なんだよね。

これ以上の自由って結構ハードだと思う。

 

世界には貧しい人はたくさんいる。

僕たちが考える「貧しい」とは圧倒的にレベルが違うほどの貧しさだ。

 

 

住む場所や食べ物がないなんて平気である。

しかし、日本人の貧しいは貧しいとは言いにくい。

 

 

どんなに貧しくても家はあるし、病院にも行ける。食べ物もあって、遊ぶこともできる。

 

僕らはすでに特別

日本のレベルはめっちゃ高い。教育もインフラも治安もサービスも良い。

でも、海外ではそうはいかない。

 

治安は悪いし、教育もインフラもまったくないところもある。

何に置いても日本はレベルが高く、世界から注目される国だ。

 

 

この国に生まれた時点で特別と言っていい。

日本人は特別が当たり前過ぎて更なる特別を求めているだけなのだ。

 

自由と幸せのために特別になる必要なんてない

人と違う人生を歩みたいと思うことも周りと比べて優越感に浸る一切必要ない。

他人から見て面白みがなくても十分に自由で幸せな生活ってできるんだよね。

 

おいしいご飯がある、健康である、家がある。

これだけでもう特別なんだよね。

他に何が必要なんだろうか?

 

更なる特別を求めても大して変わらない

個人で自由に生きている場合でも結局は何かのルールに縛られているし、大きな目で見れば大差はない。

 

月に100万稼ごうが、社長になろうが大して世界って変わらないと感じる。

 

人生に毛が2,3本生えたくらいだ。

僕らが感じる特別感は所詮自己満足に過ぎない。

 

どれだけ活躍しようが良いことをしようが結局自分の手の届く範囲しか変えることはできない。

 

たった一度の人生なのだから頑張って特別になりたいっていうのはキラキラ☆彡していて素敵だけど、頑張っている時って幸せなのだろうか?

 

常に不満を抱えている状態になってしまうんじゃないの?

食って飲んで寝るだけでも十分幸せを感じることはできる。

 

頑張って生きるのも良いけど、まったりと生きることも素晴らしいと僕は思うよ。





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